Saturday, December 15, 2012

あるクリニックが事実上倒産

昨年あるクリニックが事実上倒産をした。銀行からの借り入れ総額約1億円になり、同じような業務形態の法人に吸収された。 そのクリニックは睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断と治療を専門とし、当地には一つしかない専門クリニックであった。社会全体としてこの疾患は急速に認知され開業医のみならず総合病院からの紹介も多く患者も増えていたので意外であった。 実際そのクリニックにはSASの患者さんだけで600人以上集まっているという。それなのに何故? 見えてきたのは意外な事実だった。 睡眠時無呼吸症候群は、寝ている間に無呼吸や低呼吸を繰り返し睡眠が十分にとれず、日中睡魔が襲ってきたり、心不全や突然死のリスクを上昇させる病気である。1泊入院して睡眠時の状態を検査し、重症と判定されるとCPAPというマスクをつけて寝るように装置が貸し出される。装置を扱っている企業は数社あるが、企業は患者とではなく貸し出す医療機関と契約を結び、毎月の賃貸料を医療機関から受け取る。CPAPの保険請求代14600円/月に対して、企業には払う賃貸料は毎月約10000円にもなる。患者は月に1回医療機関を受診し、自己負担分の費用5000円(3割負担の場合)を払う。患者さんは生活習慣病を合併している方が多いので当院にも医療機関をまとめたいという希望を受けて数名の患者さんが通院している。収入の60%以上は企業へ流れ、医療機関の収入は、5000円程度である。 ところが、この話にはさらに裏があった。患者の都合で月1回の通院に来なかった場合、医療機関は保険請求できないのに、企業には賃貸料を払わなくてはいけないのである。 通常の受診と違って薬の処方があるわけではないので患者から見れば月1回医療機関を受診する必要はあまり感じない。ほとんどの方はルールがあるので受診しているのである。当然きちんと受診しない人が出てくる。来なければ一人に付き月10000円の医療機関の持ち出しである。これを専門とするクリニックでは、夜勤の技師の配置も必要だし、人が泊まって検査するよう建物のスペースもとらなくてはいけない。そもそもがこれではペイしないだろう。加えて未受診者がでればどうなるか。一説によると未受診者の平均は10%程度あるらしい。そのクリニックでは毎月月末になると50-80名に電話をして来院を促し、それでも5%程度の未受診者が出ていたという。来院を促す電話では毎月一部の人が逆切れするためスタッフの負担となり、とうとう電話での受診依頼をやめてしまったという。600名通院していてもそこからの収入は300万円程度で、借入金を払い人件費を払い、更に未受診者の肩代わりが毎月30-60万円にも上れば、月々のお金の心配ばかりでもはや医療どころではなかったであろう。  これを聞いて筆者も驚いた。出入りの業者は筆者のクリニックと契約するとき、そのようなリスクがあることは一言も言わなかった。重要事項の説明責任を果たしていない。確かに契約書には毎月機器代を引き落とすとは書いている。ただし、それと患者が医療機関を受診しなくても支払わなければいけないこととリンクしなかった。今までやってきた世界では自分のした仕事の対価として保険請求し、その一部を業者に支払うことはあっても、何もしていない時でも、患者の代わりに支払わなければいけないようなことは流石になかったからである。ある企業の契約書にはご丁寧に「月末までに銀行引き落としで支払うこと」という文言まで入っていた。 当院でも早速未来院患者がいないか調べてみた。すると一人2か月来院していない患者さんがいた。調べてみると他院入院中であった。結局ここまでして調べて連絡して、初めてその企業は請求を止めてくれた。知らなければ毎月黙って引き落とされていた。 そのうちの一業者を呼んでなぜ黙っていたのかと問いただした。 そういうリスクがあるなら契約する際に一言伝えるべきではないのか。患者さまのためになります。クリニックの収入にもなりますということ以外全く説明がなかったのはおかしい。クリニックとの契約ではなく患者と企業が契約して欲しい。毎月の受診をチェックして受診を促すことまでとてもできない。それならCPAPの患者さんは引き受けたくないと。 この話が出た途端その企業の若い担当者の顔から血の気が引いたのがわかった。問いただす私の言葉をうつむいて聞き、最後に「すみませんでした」と答えた。無知な医師にすこしは後ろめたく思う気持ちがあったのであろう。 この構造は在宅酸素療法(HOT)でも同様だった。 まず第1に、厚労省はなぜこんなシステムにしたのか。業者に聞くと、?患者さまのご負担にならないように?だそうである。保険を使うので医療機関と業者の契約にしなければいけないようであるが、それなら患者が来なかったときに医療機関が肩代わりしなければいけないような不平等契約は放置してはいけない。医師の技術料は一人診て700円から1500円という世界で動いている。それなのに患者が受診しなければ一人のために月10000円業者に支払わなくてはいけないのである。厚労省は営利企業を守って医療機関を守らない。これでは倒産する。こんなひどいシステムを放置すれば、実際には支払いを拒む医療機関も出てきたのだろう。今度は公正取引協議会なるところから指導が入った。医療機関が支払わなければ業者が無償で貸し出すことになり、それは景品を提供していることになり不当な取引を誘引するので違反 ときた。 まったくお役所の縦割り行政には呆れかえる。木を見て森を見ず。それを言うならこのシステムそのものが医療機関にとって「公正取引ではない」と指摘して欲しい。今の制度では医療機関は業者の代わりに取り立てる「取り立て屋」である。 第2の問題点は、HOTやCPAPを最初に患者に導入するのが、大学病院や総合病院が多かったという点である。大学や総合病院の専門Drは医学的な面からのアプローチはするが、医療経済という観念がない。毎月来院せず大学の持ち出しになっていても、誰のチェックも入らず、他部門の稼ぎで相殺して気づきもしなかったであろう。業者は、導入時患者さんから誓約書を取っていると言うが、それに法的効力はない。Drがお金の流れをわかっていなければCPAPを導入するときの患者教育も想像できようものだ。事実大学や総合病院から診療所に紹介された患者さんの未来院率は高く、診療所によっては大学からの患者引き受けを拒むところが出ている。 CPAPもHOTも治療を受けるからには患者にも義務が発生するが、患者は弱いものであり、善意の人という前提になっているために義務を果たしていただく最低限のルール作りがなされていない。 それにしてもなぜこんな一方的な不平等契約が放置されていたのか。 関連学会は何をしていたのか。各病院はこの問題を把握していなかったのか。 月1回このために大学や総合病院にかかるのはとても大変という患者の希望には応えたいが、まずは厚労省がこの欠陥構造を認識して、企業にも患者にも責任を持ってもらうようシステムを変えてほしい。この4月からは正当な理由があれば翌月でも12100円請求することが出来る(つまりほぼ企業に払う分だけは請求していい)ことになったそうだ。随分企業に都合のいい制度ではないか。2か月分請求できるようになったといっても、医療機関の抱えるリスクは変わらない。2か月分まとめて患者さんから徴収する時の説明や交渉も含め、ストレスの掛かる作業が増える。一歩間違えれば取り立て屋のようなことをしなければならないシステムは医療にそぐわない。 次にこの治療を導入する専門医師は患者にHOTやCPAPを導入するときは義務が発生することをしっかり教育してほしい。そうでなければ地域の診療所はこれを引き受けることが出来ない。   低医療費政策が続く中で、医療機関は営利企業と公定価格のはざまに落ちたまま、徐々に息が付けなくなっている。(この問題はMRIC vol.372/373「歪む医療」でも指摘した)これ以上末端に理不尽な責任を押し付けるのは止めてほしい。 厚労省は、かかりつけ医を作って大病院から外来患者を減らす方向に舵を切っている。大病院から診療所に患者が移った時、今まで問題とならなかった大病院なら相殺されてしまうCPAPやHOTの赤字が、診療所では大きく響く。今後各地でこの問題が顕性化してくるであろう。 まず私たち医療者は、このシステムが抱える矛盾を知らなければいけない。関連企業は契約時に重要事項を説明し、そのriskを分散させるべく患者さんとCPAP導入病院と企業、引き受ける診療所とそれぞれが責任を持ってやるべきことをやらなければならない。 今回のようなやり方をした企業はリスクを取らず、マージンを取り、そして信用を失った。若くて真面目な担当者にそのような指導をした会社の上層部の顔が見たい。 今後医療には営利企業が続々と参入してくるが、医療者は、営利企業と理不尽な制度のはざまで潰されぬよう覚悟する必要がある。

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